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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)5106号 判決 1987年5月29日

原告

千原捷治

右訴訟代理人弁護士

河田毅

被告

株式会社トヨタレンタリース大阪

右代表者代表取締役

湯浅和平

右訴訟代理人弁護士

真砂泰三

池本美郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、五九五万九二一九円及びこれに対する昭和六一年六月二〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

別紙交通事故の表示記載の交通事故(以下本件事故という。)が発生した。

2  責任原因

(一) 自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条による責任

被告は、本件事故発生当時、加害車を所有し、これを利用者に有料で貸し付け、賃貸料収益を得ていたものであるから、加害車を自己のため運行の用に供していたものである。

(二) 民法七〇九条による責任

本件事故は、訴外内藤純夫(以下訴外内藤という。)の前方不注視の過失によつて発生した追突事故であるところ、被告は、自動車の有償貸渡を業としているものであるが、加害車の貸渡に際し、賃借人が自動車運転免許を有する者であることを確認することはもちろん、これが自動車運転免許を有しない者に転貸したりしないよう警告し、もしくは、自動車運転免許を有しない者が転借しているおそれがあるような場合には、貸渡車両を直ちに回収すべき義務があるのに、これを怠たり、漫然と訴外下妻朋弘(以下訴外下妻という。)に貸し渡したうえ、無免許の訴外内藤がこれを転借して運転することを放置していたものである。

(三) 右(一)、(二)に関し、次のとおり主張する。すなわち、

自動車の有償貸渡業者(以下レンタカー業者という。)について、自賠法三条の運行供用者責任が成立するために要求される運行支配は、必ずしも直接的であることを要せず、間接的な支配でも足りるというべきところ、レンタカー業者は、自動車の貸渡に当つて、自らその運転者を選択決定し、貸渡自動車(以下レンタカーという。)の運行に関しては運転者に一定の条件、制約が伴ない、さらに運行中といえども一定の指示をなしうる可能性を有している。したがつて、レンタカー業者は、レンタカーの運行供用者として利用者が自動車貸渡有償契約(以下レンタル契約という。)に定める一定の条件や制約を遵守するような手段を講ずべきであり、また、利用者がかような条件や制約に違反している事実を知つた場合は、速やかに利用者が当該レンタカーを利用しえないような措置をとつたり、もしくは、これを直ちに回収するなどの手段を講ずべき注意義務を負つているものである。しかるところ、被告は、運転免許証(以下免許証という。)の有無に拘わらず貸渡予約を受け付けるという営業方針によつて営業活動をなし、当該予約者が免許証を持つていない者であるかもしれず、また、免許証を持つていない者に転貸されるかもしれない場合に、これを発見あるいは回避する手段を講ぜず、訴外内藤が加害車を利用することを容易にさせて、無免許運転による本件事故を誘発させた。また、被告は、訴外下妻に対して、加害車を昭和六〇年八月五日午後二時三〇分から午後八時までという約束で一万四六〇〇円で賃貸しているが、無断で引き続き利用された場合でも、約款上は損金が加算される建前であるが、現実には二四時間から四八時間までの場合には善意の延長とみなして通常の料金で利用を認めるという慣行によつて対処していた。しかるところ、被告は、予約を受け付けた際に訴外内藤の住所・電話番号を売上票に書き込みながら、本人に電話で確認していないだけでなく、訴外内藤と同下妻の関係についても知らないというのである。被告は、電話確認の方法によつても、容易に利用者の身許を調査できたのであり、これをすることによつて不正な自動車の利用を防止すべきであるにも拘わらず、これを怠たり、訴外内藤や同下妻が、記載された住所に居住しているか否かについても調査をしないで、電話番号についても確認していなかつたので、これが使用されていない電話番号であつて、本人との連絡が出来ないものであることを発見できなかつた。さらに、被告は、訴外下妻が、昭和六〇年八月五日に加害車を賃借して以後、同月八日に至つて、賃貸条件に違反して利用していたにも拘わらず、訴外下妻に対し直ちに加害車を返還するよう要求するなど回収するについて適切な努力を怠たつていた。被告が右の時期に加害車を回収するについて適切な注意義務を尽していれば、本件加害車を訴外下妻から容易に回収できており、ひいては本件事故の発生を未然に防止できたものである。

3  受傷及び治療経過等

原告は、本件事故により、頸椎捻挫、右膝挫傷、右下腿筋挫傷、腰椎捻挫の傷害を受け、喜馬外科において、昭和六〇年九月三日から同年一二月七日まで入院し、同年八月三〇日から昭和六一年四月一二日まで通院し、後遺障害として自賠法施行令二条別表一四級に相当する右手のしびれが残つた。

4  損害

(一) 入院雑費 一二万四八〇〇円

一日一三〇〇円宛九六日分

(二) 休業損害 三四五万九三一六円

(1) 給料減収分 二一一万三九一六円

原告は、株式会社藤原工務店に勤務し、本件事故前三か月の給料は月二五万円であつたところ、本件事故による受傷のため、昭和六〇年八月三〇日から昭和六一年四月一二日まで欠勤した。

25万(円)×8(月)+9493(円)×12(日)=211万3916(円)

(2) 賞与減額分 一三四万五四〇〇円

原告は、右欠勤がなければ、昭和六〇年度に一三四万五四〇〇円の賞与の支給をうけるはずであつた。

(三) 通院交通費 五万六七〇〇円

五日間のタクシー代

(四) 後遺障害による逸失利益

六五万四六〇〇円

原告は、営業活動のほか職場では製図等の精密文書の作成事務を担当しており、前記後遺障害のためこれらの作業に従事できなくなつた。右労働能力の喪失割合は五パーセント、期間は五年程度である。

25万(円)×12(月)×0.05×4.364

=65万4600(円)

(五) 慰謝料 一七九万円

傷害分一一二万円、後遺障害分六七万円

(六) 車両関係 一二八万三一八〇円

被害車は全損に近い状態である。また、被害車は毎日の営業活動に不可欠であつた。

(1) 修理費 一一三万六五四〇円

(2) 鑑定費 二万六六四〇円

(3) 休車損害 一二万円

一日八〇〇〇円宛修理期間一五日分

(七) 弁護士費用 四〇万円

(八) 損害のてん補

△一八〇万九三七七円

自賠責保険から一一六万五三八〇円、労災保険から六四万三九九七円の支給を受けた。

よつて、原告は、自賠法三条及び民法七〇九条に基づき、被告に対し、五九五万九二一九円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和六一年六月二〇日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2、(一)のうち、被告が加害車を所有していること及び原告主張の業務を営んでいることは認め、運行供用者であることは否認し、(二)のうち、被告がレンタカー会社であること及び加害車を訴外下妻に貸し渡したことは認め、その余の事実は不知、(三)の主張は争う。

3  同3、4の事実は全て不知。

三  被告の主張

1  レンタカー業者が運行供用者責任を負うのは、賃借人がレンタカー業者との間で締結したレンタル契約の内容にしたがつてレンタカーを使用している間に事故を起こした場合に限られ、賃借人が乗り逃げした等特段の事情がある場合には、レンタカー業者は、当該レンタカーについての運行支配、運行利益を失なうものである。しかるところ、本件の場合、被告が訴外下妻に対し、昭和六〇年八月五日午後二時三〇分から同日午後八時までの約束で加害車を貸し渡したところ、訴外下妻がそのまま同車を乗り逃げし、被告において、同月七日、東警察署に盗難届を提出し、同車の行方を追及してもらつたが不明のままであつたところ、貸渡期限から二五日も経過した同月三〇日に至り、被告が契約したこともない訴外内藤が加害車を無断運転中に本件事故を起こしたものである。すなわち、被告が、加害車についてレンタル契約を締結したのは、訴外下妻とであつて、同内藤とではない。予約は確かに訴外内藤名義でなされたけれども、これは被告会社御堂筋営業所長松田正行(以下訴外松田という。)が、その証人尋問中で述べているとおり、JAF紹介の訴外内藤名義で予約を受け付けたというにすぎず、現実に右御堂筋営業所に借り受けに来たのは訴外下妻であり、実際にも、訴外松田が直接訴外下妻の免許証で住所、氏名等を確認したうえで、訴外下妻に貸し渡したのである。しかるに、訴外下妻は被告から加害車を借り受けた後に、被告に無断で訴外内藤にこれを転貸し、しかも、契約上の貸渡期限が徒過した後もこれを返還せず、それから約二五日も経過した昭和六〇年八月三〇日になつて、訴外内藤が加害車を無断使用中に本件事故を引き起こしたものであるから、前記特段の事情がある場合に該当し、被告は、本件事故発生当時、加害車についての運行支配、運行利益を有していなかつたものであり、被告は加害車の運行供用者ではない。

2  また、原告は、被告において、加害車を回収するための適切な注意義務を怠たつた旨主張するが、これは事実に反する。すなわち、訴外松田は貸渡日の翌日である昭和六〇年八月六日には借受人である訴外下妻の自宅に電話し、加害車の返還方を請求しようとしたが、同訴外人は留守でかわりに女性(多分、下妻の母親である。)が出て同女が「朋弘はまだ帰つておりません。」旨言うので、同女に対し、「帰つてきたら、車を返すように言つて下さい。」と頼んでおいた。ところが、その後も何の連絡もなかつたので、訴外松田は所轄警察署である東署刑事課二係に出頭し、同係長能美警部補に対し、本件被害の申告をした。そして、その際同警部補から、「本件の自動車一台だけでは刑事事件として受理するのはむづかしい。同様のケースが何件かあれば受理できるので調べてほしい。」旨言われたので、訴外松田は自社の他営業所及び同業者である日本レンタカー株式会社等に調査方を依頼したところ、日本レンタカー歌島営業所で同じ訴外下妻がほぼ同じ時期に普通乗用自動車一台を借り出してそのまま乗り逃げしていることが判明した。そこで、訴外松田は同月一〇日ころ、再び右能美係長のもとに赴き、右事実を報告し、早急に捜査してほしい旨依頼した。しかし、同係長は依然車の返還の可能性があるとの理由で、被害届は受理してくれなかつた。また、訴外松田は、訴外下妻の住居地である西淀川区役所に赴き、同人の住民票を取得するなど独自の調査もした。このような事実経過であるので、被告は加害車の貸渡後迅速かつ的確にその所在調査をしており、被告において、加害車を回収するための適切な注意義務を尽したものである。

四  被告の主張に対する原告の認否

被告の主張事実は全て争う。前記請求原因2、(三)記載のとおりである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1の事実は、<証拠>により認められる。

二請求原因2及びこれに関する被告の主張について検討する。

1  <証拠>によれば、本件事故発生までの事情について次の事実が認められる。

(一)  昭和六〇年八月五日、被告会社御堂筋営業所は、JAFからの「内藤」名義によるレンタカーの貸渡の予約を受け付けた。同営業所では、予約は免許証の有無に拘わらず受け付ける扱いをしていたので、右予約に際し、「内藤」が免許証を有しているかどうかは聞かなかつた。

(二)  訴外下妻は、右同日、訴外内藤から、右同営業所でレンタカーを借りてきてくれと言われ、同日、同営業所で、加害車を、期間同日午後二時三〇分から午後八時まで、返還場所同営業所の約束で賃借し、その間の料金一万四六〇〇円を支払つた。

(三)  訴外松田は、訴外下妻に加害車を貸し渡すに際し、同訴外人所有の免許証で本籍及び住所を確認し、また、同訴外人から自宅の電話番号を聞いて売上票(乙第一号証)にこれを記載した。

(四)  訴外下妻は、右同日から三日間加害車の運転をしていたけれども、昭和六〇年八月八日以降は、訴外内藤が加害車を運転していた。

(五)  訴外下妻は、貸渡期間が過ぎた同月六日になつても同営業所に加害車を返還しなかつたので、訴外松田は、同月六日の午前中、訴外下妻の自宅に電話し、「昨日車を貸したが、まだ返還されていない。どうしたのか。」と聞いたところ、訴外下妻の母親と思われる女性が、同訴外人はいま家にいないと言うので、その女性に、同訴外人と連絡がつけば、前記御堂筋営業所へ電話してくれるよう頼んだ。

(六)  同月六日には連絡がなく、同月七日になつても加害車は返還されなかつたので、訴外松田は、東警察署へ行き、加害車の登録番号を言つて駐車禁止あるいは放置されていること等が判明すれば前記営業所に知らせてくれるよう依頼した。その際、担当官から、一件だけでは刑事事件として受け付けられない旨言われたので、訴外松田は、訴外下妻に関して他にも同様の事例があるかどうかを聞いてみようと考えて、新大阪駅の駅レンタカーと日本レンタカーの歌島営業所に赴き聞いてみたところ、右歌島営業所で一週間ほど前に訴外下妻が借りたまま行方不明となつている車があるとのことであつた。そこで、訴外松田は、訴外下妻の現住所を確認するため、西淀川区役所へ行き、同訴外人の住民票を取得し、その住所地へ行つてみたところ、同所は、訴外下妻の父の勤務先の宿舎であり、同訴外人はたまに帰つてきているとのことであつたが、結局、同訴外人とは会えず、また、その所在地もわからなかつた。

(七)  翌同月八日、訴外松田は、再び東警察署へ赴き、前記歌島営業所の件を話したが、警察は捜査しなかつた。

(八)  同月一五日ころ、訴外内藤から、今、加害車を使つているが、もう少し使わせてほしいとの電話が前記御堂筋営業所にかかつてきたので、訴外松田は、八月五日に訴外下妻に貸した車であつて延長損害料金が不払だから、一度前記御堂筋営業所に返還してほしい旨を述べたところ、これを拒絶して一方的に電話を切つた。

(九)  その後、前記御堂筋営業所には何の連絡もなく、加害車の所在も不明のままであつたところ、加害車を訴外内藤が運転中に本件事故が発生した。

2  ところで、自賠法三条にいう自己のために自動車を運行の用に供する者とは、自動車の使用についての支配権、すなわち、運行支配を有し、かつ、その使用により享受する利益、すなわち、運行利益が自己に帰属する者を意味すると解すべきところ、一般的に、レンタカー業者が、レンタル契約を締結するに際しては、レンタカーの利用申込者につき、運転免許その他一定の利用資格の有無を審査し、その契約上、使用時間は短期で、料金も相当高額であり、借主が予定利用時間、走行区域、制限走行距離の遵守等の義務を負うのが通常であり、そのような場合に、借主が、契約上の使用時間内もしくはこれと接着していて契約関係が未だ客観的にみて存続しているとみられるような時間内に、その運行中事故を惹起させた場合には、レンタカー業者は、運行支配及び運行利益を有するものとして運行供用者責任を負うと解すべきであるが、事故の発生が、右時間外であつて借主がレンタカー業者の承諾を得ずに勝手に運転するなど契約関係がもはや客観的にみて存続していないとみられるような場合には、レンタカー業者は、当該車両についての運行支配及び運行利益を有していないというべく、かかる場合には、レンタカー業者は運行供用者責任は負わないと解するのが相当である。

3  しかるところ、本件の場合、被告会社は、昭和六〇年八月五日に訴外下妻に加害車を使用時間同日午後二時三〇分から午後八時までの約定で貸し渡し、その間の料金一万四六〇〇円を受領していただけであり、その後、加害車が返還されず行方も不明となつたので、その所在を調査するなどしかるべき努力をしていたところ、貸渡後二五日を経過した同月三〇日、訴外下妻から無断で転貸されていた訴外内藤が加害車を運転中本件事故を発生させたものであることは前認定したとおりである。すなわち、本件事故の発生は、本件加害車について約定された使用時間外であることはもちろんこれに接着する時間内でもなく、また、運転者は被告会社が契約した訴外下妻から無断転借していた者であり、貸渡期間経過後本件事故発生に至るまでの間、被告会社は加害車の回収に適切な努力をなしていたことが認められ、かかる事情の認められる本件では、本件事故発生当時、被告会社は、加害車についての運行支配及び運行利益を有していなかつたものと認められ、自賠法三条の運行供用者責任は負わないというべきである。したがつて、被告の主張は結論において正当であり、請求原因2(一)は認められず、同(三)の主張は採用しえない。

4  原告は、被告会社には民法七〇九条の責任があるとして、請求原因2(二)(三)のとおり主張するけれども、前認定した事実に鑑みれば、被告会社に、本件加害車を訴外下妻に貸し渡すに際し、また、これが所在不明となつた後、加害車を回収すべく講じた措置について特段の注意義務の違反は見い出せない。なお、仮りに、被告会社に何らかの注意義務違反の点があつたとしても、レンタカーを貸し渡した場合、その借主が無謀運転の常習者等であつて、かかる者に貸し渡したときは遠からずその者の過失によつて交通事故が発生するであろうことが一般的にみて相当とみられるような場合であるにも拘わらず、レンタカー会社において、そのような事情を予見でき、かつ、予見すべきであつたのに、過失によつてこれを看過した等の特段の事情がある場合は格別、そのような事情の認められない本件においては、当該車両が加害車となる交通事故の発生が一般的にみて相当性があるとはいえないから、被告会社に何らかの注意義務違反の点があつたとしても、これと本件交通事故の発生との間には事実的因果関係は認められるけれども相当因果関係は認められない。したがつて、被告の主張は結論において正当であり、請求原因2(二)は認められず、同(三)の主張は採用しえない。

三以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官佐哲生)

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